32知紘は真知子と出会ってからというもの、妻の美鈴をうっちゃり、 彼女のことを過激に溺愛。しかし、ふたりの間に結婚話が出たことから彼女には子供もいると知り なんとかスムーズに別れる方法はないものかと無い頭で考えた末、数人での 旅行を思いつき、やりチンで知られている友人、筧優士を誘い、真知子を 上手く譲渡することに成功。 ◇ ◇ ◇ ◇筧は真知子と付き合い始めた時には、彼女の心変わりから自分と付き合う ようになったのだとの認識だった。だがその後、ピロトークで真知子から知紘との話を聞かされるうちに、自分 が知紘から意図的にお下がりとして真知子を押し付けられたのではないかと 思うようになった。 真知子が自分に靡くようになった時から筧は不思議に思っていた。自分が常に何人もの女と付き合うようなヤリチンだということは 学生時代の友人たちなら誰でもが知っていることだ。 だから、大切な彼女のいる連中は絶対自分が参加する場には連れてこない。 そんなわけで最初、真知子が知紘にとってただの浮気相手だから 連れてきたのだろうと思っていた。 知紘のヤツは今の奥さんである美鈴と付き合っていた頃は……というより、 結婚後も俺に会わせたことはただの一度もない。それほど大切にしていた奥さんがいるのに浮気してんのか? と驚いたよ。それにしてもだ、真知子があっという間に知紘との連絡を絶っても真知子や 俺に文句の一つも言って寄越さないとは、ただの浮気相手だとしても一応 自分の彼女なわけで、どんだけヘタレなヤツなのだと思っていたが……。 聞くところによると、真知子との間に『結婚話』が出てたっていうじゃないか。 なんと、それが俺たちが複数カップルで出かけた旅行の ほんの一週間前の話と聞けば……馬鹿でも推測できるだろう。
33大体旅行先にいい女がいるかもしれないからと、俺には一人での参加を要請しておきながら、知紘と真知子のカップルともう1カップルとで参加って、あの時は深く考えてなかったけど、知紘は俺に真知子を押し付ける気満々だったってわけだ。真知子の話から見えてくるのは、美鈴さんのことはうっちゃり、随分と知紘は真知子に入れ込んでたということ。結婚の話が出た時も、積極的ではないにせよ、考えてみるというような雰囲気ではあったらしい。……で、真知子曰く『優士くんに出会って知紘には悪いが心変わりしちゃって』ということらしい……が。あの時の旅行を計画したのが知紘なのだからあれだろ、真知子が俺に靡くのを見越して体よく真知子をお払い箱にしたのは明白だ。そこで俺は考えてみた。奥さんを蔑ろにしてまで執着していた女を切ると決めたその理由……。男と女のことに関しては百戦錬磨の俺様、ピーンと閃いたね。たぶん、真知子には借金があるだとか子供でもいるのだろう。兎に角知紘にとって何か都合の悪いことがあるのだろう。まぁ、結婚抜きでしか付き合わない俺には関係ないけどな。そうそう《そんなにたびたび》学生時代の友人との間で女性関係含め揉めたことはないが、今回のことは少し腹を立てている。真知子の戯言を聞くまでは逆に知紘に対して、人の女を取ってしまい申し訳ないなどと、ほんの少しの罪悪感を持ったのだが……この俺様に自分の使い古していらなくなった女を意図的に押し付けてくるとはいい度胸してるじゃないかと、そういう考えに変わった。少し奴に灸を据えないとな、俺のプライドが許さねぇ~。俺は真知子に再度、知紘との付き合いを話題に持ち出し、真知子がどんなに酷い目にあったのか、奴がどんなに酷い男かということを刷り込みした。『結婚しようと言われていたのに裏切られて捨てられた』と知紘が所属している野球チームの連中や会社にも言いつけた方がいいと、俺は真知子を焚きつけた。俺の焚きつけ話をじっと聞いていた真知子が俺の意見に首を縦に振った決定的な言葉、それはこの一言だった。「慰謝料が取れるよ、この話」真知子の方でも薄々知紘が逃げ腰になっていた気配をそれなりに感じていたのかもしれないな。様子からして知紘のことは吹っ切れて見えた。 ******俺は忙しくしていて
34「優士ぃ~、久しぶり。会いたかった」「真知子、俺も~」俺たちは恋人同士のように食事をして、洒落たバーで酒を飲み、そして ホテルで部屋を取りようやくベッドイン……なぁ~んてことはせず、全て ぶっ飛ばしてホテルの部屋で待ち合わせした。 ただし、毎度毎度モーテルというもの芸がないので今回は普通のホテルを 取った。プロの女を買うことを思えば安いものだ。性格的なものもあり、たまには普通のオリエンタルホテルのようなところで 寛いでみたい気分になる時があるというのも理由のひとつだ。真知子は利口な女とは思えないが可愛さの中に小悪魔的なところもあり、 何より小難しいことを主張しないところが軽く付き合うのにはよかった。俺たちは部屋に入るとすぐに抱き合い、キスを交わした。深いキスを交わすうち、身体の一部に疼きを覚えたため、意図的にキスを 終わらせた。真知子はそれに対して残念そうな様子を見せた。「このまま続けたらヤバい。続きはシャワーを浴びてからにしようぜ」未練を残しながら真知子は「うん」と頷いた。俺が腰掛けていたベッドから立ち上がり、ワイシャツを脱ぎ始めると 真知子が話しかけてきた。「優士、私……知紘くんから慰謝料もらった」「慰謝料?」「優士、言ってくれたじゃない。 知紘くんは奥さんがいるのに私と付き合ってたでしょ。ものすごい私に熱心だったから結婚してくれるって思ってたのにって話を したら、優士が野球チームの人たちや会社に言いつければいいって」
35 「優士、言ってくれたじゃない。 知紘くんは奥さんがいるのに私と付き合ってたでしょ。 ものすごい私に熱心だったから結婚してくれるって思ってたのにって話を したら、優士が野球チームの人たちや会社に言いつければいいって」 「あぁ、そう言えばそんなこと言ってたっけ、俺。 じゃあ、真知子ちゃんちゃんと言えたんだ。 すごいなぁ~、勇気いったでしょ?」「うん、でも優士が後押ししてくれたから勇気出たし、結果的に良かった。 これですんなり知紘くんのこと忘れられるし、20万円ほどだけど慰謝料 貰えたし」 「良かったじゃん。で、知紘はどうしてんの?」「それが会ってないの。 知紘くんから電話があって『お金振り込むからこれ以上騒がないでほしい』 って頼まれて。一度は好きになった人からのお願いだからそれ《20万円》で手打ちに したのよ」 これ以上騒がないでって……言っても、もう周囲には知れ渡っていて アイツも懲りただろうけど、よもや俺が裏で糸を引いてることは 分かってないだろうなー。知紘、これで俺もお前を許してやるよ。 「そっか、まぁ気が済んで良かったな。真知子ちゃん、前も話したけど俺は当分誰とも結婚はしない。 それと他にも遊ぶガールフレンドは何人かいる。それを知ったうえでそれでもよければ付き合うよって言ってあるよね。 だからいつか付き合いを止《や》める日が来ても俺の周囲に知紘の時 みたく、吹聴して回るのは止《や》めてな」「分かってるぅ~ってば。 私が大好きで付き合ってもらってるんだもの。 優士には絶対そんなことしないし、結婚も迫ったりしないから これからも時々こうして私と会ってね」「ああ……じゃあ、シャワーしてくる」空調のほどよく効いた部屋で先にシャワーを浴びた優士は、上半身裸のまま トランクスを穿いた状態で下半身には軽い羽毛の掛け布団を腰から下に掛け た状態でうつぶせになり、真知子がシャワーを終えるのを待った。 季節的には秋だというのに、日中や自宅の部屋などではまだまだ暑さを感じる 残暑が優士は苦手だ。 つまり、暑さに弱い。空調が効いていてもホテルに一歩足を踏み入れる直前まで体感で身体が覚え ている熱のせいと、夕べ寝不足だったこともあり、ついうとうとしてしまった。 シャワーを終えた真知子が近づいてく
36知紘は真知子と切れて2週間余り、野球の練習のない日曜は家にいて テレビを見たりパソコンを開いてチマチマ興味のあるものを読んだり聴いた りと大人しく過ごした。以前は食材の買い出しなど、ふたりでよく出かけたものだった。 だからそのリズムを取り戻すかのように美鈴に声を掛けてみたが、 間に合ってるから行かなくてもよいという返事が戻ってくるばかりで なんていうか、なかなか会話をする切欠も掴めず、知紘は途方に暮れた。相変わらず食卓に出てくるのは、インスタントラーメンや冷凍食品、 缶詰のオンパレードで、そのことも知紘を困惑させた。だけど、文句は言えない。 自分はずっと休日になると朝から晩まで出払い、美鈴と食事など してこなかったのだから。そのうち、今ある缶詰などが無くなれば元の手料理が食べられるだろうか ……そんなふうに、待つしかないと判断した。 ◇ ◇ ◇ ◇ そして翌週の花金、知紘は『この日曜は外食でも誘ってみるか』 そんなことを考えながら帰宅したのだが、家の前まで来た時、 灯りがついておらず胸騒ぎを覚える。今まで平日の会社帰りに妻が家にいなかったことなど、数えるほどしかなか った。それでも今回のような胸騒ぎを覚えるようなことはなかった。 知紘は胸騒ぎの正体を知っている。この三か月というもの、自分は真知子ばかりに気を取られていたからだ。 野球の練習日が雨だった日があった。確かあの日は真知子とホテルにしけこもうと美鈴のお願いを振り切って 家を出ていったのだった。 「チーちゃん、野球ないんだからさぁ、一緒に映画を観ようよ」 そう美鈴が言ってきた。その誘いを「約束があるからまた今度な」と振り切って、俺は とっとと家を出たのだ。
37俺は真知子と身体を重ねることだけしか考えてなかった。 美鈴がどんな気持ちでいたかなんて少しも忖度しなかった。そんなことを思い出すと、次は……「チーちゃん、たまには一緒に過ごそうよ、寂しいよ」って言ってたことが脳裏に蘇ってきた。俺はそんな妻を体よく「友達でも誘ってゆっくりしてくるといいよ」とか言って、 気の良い振りをして彼女を追い払った。それからしばらくすると休日に出掛ける際に、何かを言われることもなくなり、ほっとしたのを覚えてる。そして、その頃から妻の俺に対する家事などの扱いが雑になっていった。この一連の流れがあるから俺の気持ちはざわつくのだ。 リビングには何も変わったところは見受けられない。自分が脛に傷を持つ身故の気の回し過ぎだろうか。 俺はふと気になり二階の妻の部屋に入ってみた。『あった……』ドレッサーデスクの上に置手紙を見つける。 読まないうちから妻が家を出たのではないか、と思った。『しばらく1人になってこれからのことを考えてみたいので家を出ます。 また後日落ち着いた頃に手紙を出します。 だから警察に行ったりして大騒ぎしないでね』開封前の予感は当たった。『俺は何をやってたんだろう。大切な人を傷付けて……』真知子の若さや美貌と色香に惑わされて、浮かれて舞い上がり、最低なこと をしていた自覚はある。だが流石に自分《俺》に真知子のことを問い詰めたり罵倒することもなく、 突然目の前から消えてしまうだなんて。これって失踪だよな、連絡はするって一応書いてはあるが。 出ていった理由も……そしてやはり、彼女の気持ちも俺にぶつけることなく、 1人で完結させたのだ。そもそもは、俺が彼女の言ってることをスルーしまくっていたのだから 責める資格などない。だけど、真知子を切ったというのに……付き合いを続けているならともかくも、 今になって出ていかなくてもと思うものの、俺がいつ真知子と切れた とか、妻には 明確に知る由もないのだからどうこう言えないか……。これからは一緒に映画も見るし、以前のようにまた休日にはいろいろ 会話だってできるのに。 『あーっ、何で今なんだよ』この1か月、野球のない日曜はずっと家にいたろ? 美鈴がちっとも話し掛けてこないから、こっちも様子見してたけど、 徐々に以前のように仲良くでき
38まるで空気のように、家には妻の美鈴がいて当たり前の感覚だった知紘に とって、ひとり取り残されてしまった自宅での暮らしはなかなか馴染める ものではなく、寂しさと不便さのコラボはなかなかキツイものがある。 美鈴の置手紙を読んだあとすぐに考えたのが、探し出して 今までのことを謝罪し、帰ってきてもらうということだった。そこで知紘が思いついたのは美鈴の母親の時子のことだった。だが、自分たちの結婚後しばらくして、美鈴の父親が亡くなり母親は従兄と 再婚し、五島列島の内のひとつ五島市へと嫁いでいる。遠方のため、義両親とはその後はほぼ没交渉になっていて、知紘は 義母の嫁ぎ先に行ったこともなければ住所も知らないのだ。今更ながらそのことに気付き、茫然とするばかりだった。美鈴の使っていた鏡付の机回りや引き出し、壁に掛けてあるウォール ポケット収納を見ても捨てられたのか持って出たのかは分からないが、 きれいさっぱりと何も入っていないウォールポケット収納を前に、脱力 するしかなかった。固定電話を調べてみると……きっちりと登録番号が削除されていて、 最後の望みは絶たれた。突然いなくなった妻の居場所を問い合わせることもできない自分の立ち位置 に気付き、更に愕然とする。今後は、美鈴が送ってくる手紙だかハガキだけが、情報を知ることのできる 唯一の手段なのだ。そう考えると、自分の足元が途端に脆く感じられるの だった。 この時の知紘は何故か焦りまくりで電子メールのことが頭から抜け落ちて しまっていた。
39美鈴の失踪のような突然の家出に対する失意の中、今度はもうすでに 関係の終わったはずのあの田中真知子から知紘は意趣返しをされ、 とんでもないことになるのだった。 「結婚しようと言われていたのに裏切られて捨てられた」と、ないことない ことを野球サークルの仲間たちに広められていたのだ。毎週のように練習や試合で会っている仲間には分かってもらえると思い…… 「確かに真知子とは遊び歩いていたけど結婚しようなんて一度も言ったこと なんてないよ。言うわけないだろ? 俺には美鈴っていう奥さんがいるん だからな」そう皆の前で話をした。 すると仲間内の野島から意外なことを聞かされる羽目になった。「じゃあ、どうして奥さん家を出ていったんだよ」「えっ?」 突然自分しか知らないはずの話をされ、俺は一気に挙動不審になった。「……」 「美鈴さんが家を出た日に陽子《野島の妻》が駅のプラットフォームで 会ったんだよ。『どちらまでお出かけですか?』ってうちのヤツが社交辞令で聞いたら 『夫に好きな人ができたので行先は言えないけど今から家を出ていくんです。 ご挨拶もせずに出ていくのでご主人や皆さんに宜しくお伝えください。 お世話になりました』 そう言ってうちのに挨拶したらしいよ」 美鈴が家を出ていったことを知られたのは痛恨の極みだ。 野島に皆の前でそんなことを言われてしまい、益々真知子の主張が 本当であるかのような雰囲気になってしまった。俺がサークルで真知子と仲良くして付き合っていた時には、皆冷やかすこと はあっても注意してきたり非難するヤツはいなかったのに、今になってつれ ない素振りを醸し出してくるなんて……。真知子の理不尽な主張に騙されてしまい、今や俺は圧倒的に不利な立場に なっているじゃないか。俺の友達とねんごろになって俺を裏切ったのは真知子の方なんだよ。俺こそが裏切られた側なんだよ。 それなのにどうして俺を悪者に仕立てようとするのか、馬鹿な俺には 真知子の意図が読み切れなかった。
93 「振られたな……」奈羅のことが好きだったと告白したのに、そこは完全スルーされ稀良は 落ち込んだ。 しばらく気持ちを落ち着けるために部屋に留まったが、そのあと奈羅に 続いて稀良も部屋を後にした。 ◇ ◇ ◇ ◇稀良には翌日からまた、研究漬けの日々が待っていた。 一日を終え、働き疲れ軽い疲労を抱えた稀良が白衣を脱ぎ捨ててドームの 長い廊下を歩いていると、顔馴染の摩弥《♀》に声を掛けられた。「調子はどう? なんかオーラが暗いよね」「分かってるなら訊くな」「落ち込まない、落ち込まない。今度あたしがデートしたげるからさ」「あー、ありがとさん」 「何奢ってもらうか考えとく」「おう」 軽い遣り取りをしているうちに2人はドームの外に出ていた。前方には彼ら2人の位置から5・6m先に奈羅が立っていて、明らかに 稀良を待っていたふうで、稀良に視線を向けているのが見てとれた。 「あらあら、もしかしてあの人が落ち込んでる原因? じゃぁまっ、あたしはお邪魔虫にならないよう消えるわ。またねー」「あぁ、また」 稀良に手を振り離れて行く女と稀良を、奈羅は目をそらさずじっと 見つめていた。 そんな奈羅の元へ稀良が歩いて来て声を掛ける。 「俺のこと、待ってた?」「うん……」 「フ~ン。それじゃあさ、これからデートでもする?」「うん」らしくなく、乙女のように俯いて奈羅が答えた。ふたりは肩を並べ夕暮れの中、恋人たちや友達同士と、人々が賑わう街中へと 消えて行った。 ****綺羅々の懸念していたことは現実となり、奈羅に復讐するはずが何たること……。 綺羅々は稀良と奈羅の恋のキューピットになってしまったのだった。 ―――― お ―― し ―― ま ―― い ――――
92 「おねがい、ほしいの……」この短いダイアローグ《DIALOGUE》が二人の合意となった。たわわでまだ瑞々しい魅力的な乳房にはただの一度も触れないまま、尻フェチの稀良は奈羅と結合に至る。ここで稀良は綺羅々のまま退場するのがいいだろうと考え、しばらくの間、彼女との快感の余韻に浸り、そのあと身体から離れようとした。だが、奈羅の動きの方が早かった。くるりと身体をを反転させたかとおもうと稀良を下にして、彼にキスの雨を降らせ始めたのだった。その内、稀良の胸や腹にもやさしい愛撫をしかけてきた。それでまたまた稀良のモノに元気が漲り《戻り》、今度は正常位でもう一戦、彼らは本能のまま快楽の中へと身を投じていった。大好きで長い間片想いをしてきた綺羅々と二度も想いを交わすことができた奈羅は幸せだった。「綺羅々、ずっと好きだった。だから、今あなたと一緒にいるのがまだ夢みたいよ」奈羅は自分の告白に無言のままでいる隣に横たわる男に視線をやる。男はベッドの上、上半身を起こした。その髪型とシルエットから奈羅はその人物が綺羅々でないことを悟り、愕然とする。「残念だけど、俺は綺羅々じゃない」「どうして?」「言っとくけど君がしてほしいって、ほしがったんだからね。そこははっきりさせとく。俺は前から奈羅のことが好きだったからうれしかったよ。俺たち体の相性もいいみたいだし、付き合わない?」頭の中真っ白で混乱しかない奈羅は、素早く下着を付け服を着る。稀良も話しかけながら帰り支度をした。互いが衣類を身に着けたあとで、奈羅はもう一度稀良に詰問した。確かに自分は綺羅々と一緒にこの部屋へ入ったはずなのに。いくら問い詰めても綺羅々の方にどうしても帰らないといけない用事があったため、綺羅々が|自分《奈羅》のことを稀良に託して先に帰ったのだと言う。自分は酔っぱらってはいたけれど、しばらくシャワーに入るという話もしていて、絶対当初この部屋にいたのは綺羅々だったはず。だけど、酔っていただけに100%の自信が持てない自分がいた。よもや、自分がした同じような手口で復讐されるなどと思いつきもしなかった奈羅は、綺羅々を責めるという発想は出てこなかった。このまま稀良といても埒があかないと考えた奈羅は、部屋に稀良を残したまま部屋を後にした。
91 あまりの気持ち良さに奈羅は現世からどこか別の所へとしばらくの間、 意識を飛ばしてしまっていた。 意識が戻ったのは身体に別の快感を覚えたからだった。この時はまだうつ伏せ寝のままだったのだが、首筋から両肩、背中、腰と その辺りを行きつ戻りつ絶妙な力加減でマッサージを施していたはずの手の 動きに変化が あり、眠たくなるような心地良さから肉体的快感、性的感覚 を伴うものへと変わっていったのである。 奈羅は今の状況に歓喜した。ずっと綺羅々と性的関係になりステディな関係になりたいと思っていたからだ。 気付くと先程まで腰から下を纏っていたバスタオルが取り払われていた。綺羅々とバトンタッチした稀良が、しばらくの間は綺羅々と同じように マッサージしていたのだが、どうしてもバスタオルの下にある奈羅の下半身 を見てみたいという欲求に逆らえず、早々にバスタオルを取っ払って しまったのだ。 目の前に現れた形の良いぷるるんとした双丘に目を奪われ、 稀良は一瞬固まってしまった。 尻に釘付けになっている眼球に身体中の熱い血液が集中し 漲ってくるのが分かった。 もう今や、稀良の暴走しようとする勢いは理性では止められないほどに 高まっていて、手は豊満な美しい双丘を這っていた。 しばらく撫でまわしたあと、できるなら最初から触れてみたかった双丘の なだらかな斜面を下りきった所にある秘密の場所へと指を滑り込ませてい った。そして指の腹で秘所の周辺を撫で愛でていった。その時、奈羅の喘ぐような切ない吐息が漏れるのを稀良は 聞き逃さなかった。急いで稀良は身に纏っていた衣類を脱ぎ捨てマッパとなり、彼女の 上《背中》へと胸、腹とそれぞれをぴったりとくっつけた。そして首筋から肩、背中へと愛し気に愛撫を施していった。そして身体のあちこちに触れながら、一番施したかった場所へと口元を 近付けた。そこは双丘にある割れ目の根本であり、ぎゅっと両手で広げたかと思うと、 そこから舌先で秘所を弄んだ。すると、それに比例して奈羅の喘ぎ声が途切れることなく続いた。一応、稀良はジェントルマンなのでレイプ魔のようなことはしない。そんな稀良は奈羅の耳元で囁く。「していい?」すると奈羅が答えた。
90 (最終話-番外編へと続く)「シャワー終わったよ。どう、君もシャワー行けそう? それともこのまま朝までゆっくり寝とく?」 「私も行くわ。折角綺羅々との時間ができたんだもの。 朝までただ寝てるなんて有り得ない。待って、私もシャワー浴びてくる」 「急がなくていいよ。ゆっくりしておいで」 ◇ ◇ ◇ ◇「お待たせ……」「こっちに来て」俺はまだ足元のふらついている奈羅を抱き寄せる。 彼女の力が6割方抜けた感じだ。「まだ体がシャンとしてないだろ? うつ伏せにそのまま横になって。 マッサージして身体をほぐしてあげるから」「ありがと。綺羅々ってやさしいんだね」 自分がコナを掛けても冷たい反応しか返してこなかった綺羅々が部屋を とってくれて、その上抱かれる前にマッサージまでしてくれるだなんて 奈羅は幸せ過ぎて夢心地だった。 今夜のひと時が終わってもまだまだこの先も綺羅々との幸せな時間があり、 2人の未来があるのだ。 この時、奈羅は女の幸せを存分に味わっていた。 それを知ってか知らでか、綺羅々の手によって部屋の明かりが最小限に 落とされ、濃密な部屋の中、淫猥な空気が流れ始めるのだった。綺羅々は奈羅の巻かれただけのバスタオルを背中越しに腰の辺りまで ずり落とし、丁寧なマッサージを施し始めた。そして15分経った頃、後ろに控えていた稀良と絶妙なタイミングで 入れ替わった。相手は酔っている上にマッサージの施術で全く気付いていないようである。綺羅々は稀良に親指を立て、ゆっくりと静かにその場から立ち去った。 『くだらない方法だけど、仇はとったよ薔薇』 綺羅々は今いるラボ《研究所》は辞めて別の場所を探すつもりでいた。 心機一転、研究もプライベートも一から立て直そう。そう心に誓い、いろいろあったハプニングに別れを告げ、 夜明け前の人通りの少ない静謐な空気の中へと溶け込んでいった。
89 「わぁ~、あたし、どうしよう。酔っぱらってきちゃったー。 もう飲めないよ。私の代わりに綺羅々飲んで」 「はいはい、何言っちゃってるんだぁ~。天下の奈羅様が。 もっと飲めるだろ? はーい、どんどんいっちゃって」 「きついって」 そう言いながら俺がコップに酒を注ぐと奈羅は上目使いに俺のことを 見つめて、グイっと酒をあおった。 『いいぞー、その調子だ。ドンドンいけー。何も考えずガンガン飲めー』 見ていてもかなり酔っているのが分かる頃、俺は悲し気に言った。 「俺、薔薇のことが好きだったんだよね」「ん? 薔薇は……だけど薔薇はいなくなっちゃったんでしょ。 もう忘れなよ。あたしが慰めたげるからさ」 「そうだよね。ありがとーね、奈羅」「ふふん、どういたしまして」 『もうフラフラだな、コイツ』 「かなり酔ってるみたいだし、どこかで今夜は泊まって明日帰るとしますか」「はーい、さんせーい」 会計を済ませ予めとっておいたアンモデーション《宿泊施設》の 505号室に入室した。 入室すると同時に彼女はトイレに駆け込んだ。トイレの隣にある浴室を開けて確認すると稀良がちゃんと予定通り 待機していた。俺たちは改めてアイコンタクトを交わす。 「ごめんなさい、飲み過ぎたみたい。 でも、少しだけ横になったら大丈夫だと思うのよ」 「OK.じゃあその間、俺シャワーしとくよ。お先に」 俺は奈羅がベッドに横になるのを確認し、シャワールームに向かった。 実際にシャワーを浴びるのは稀良の方だ。 その間、俺はシャワールームの前で待つ。シャワーの音が止まるのを合図に上着をドア横のハンガーに掛け、 奈羅の横たわるベッドの側まで行く。
88 ―――――――― 攻略《罠》―――――――――俺はラボ内で奈羅を見つけ、飲みに行かないかと誘った。俺が真実を知っていて彼女を恨んでいるなんて知らない奈羅は、ノコノコとパブに1人でやって来た。「綺羅々が誘ってくれるなんて、あたしびっくりしちゃった。うれしー」「久しぶりだよね。あれから半年振りくらいかな。あんなことがあったのに俺、冷た過ぎたかも。何となく気になって連絡してみた。元気だった? もういいヤツ《彼》できた?」「う~ん、男友達は何人かできたけど、彼氏はまだかな」「じゃあ俺と酒飲んでも大丈夫かな」「勿論、誘ってくれてうれしかったわ」薔薇に酷い仕打ちをして悲しませた女が目の前にいる。俺は実りそうだった恋をこの女の罠でぶち壊された。今に見てろ! 俺の誘いをすっかり俺からの好意だと思い込んでいるこの勘違い女を驚かせてやろう。こんな女のこと……少しは驚くかもしれないが、さてどうだろうな。しばらくすれば落ち着きを取り戻し案外楽しむ感覚になるだけかもしれない。だが、俺に嵌められたかもしれないことはいつまでもこの女の心に残るだろ? それだけでもいいさ、何もしないよりは。つまらないことをしようとしている自覚は大いにある。俺は話題が途切れないようポツポツとだが奈羅に話し掛け、時間をかけた。何のって? 勿論、酒をどんどん勧めて酔い潰すためさ。
87その次にきた波が俺を襲う。 「稀良《ケラ》、俺は奈羅にお前を勧めて紹介できるほど親しくはない けど、お前の気持ちを成就させるための協力はできるかもしれない。 少々荒療治かもしれんが……」「どんな?」『――――――――――――――――――――』 あとは知らん、野となれ山となれ戦法だな。少々強硬手段だが上手くいくかも……もしくはいかないかも。 「いや、そんな強硬路線じゃなくてまずはデートに誘いたいっていうか、 交際の申し込みをだな……」 「俺だって親しくないんだから自分のことならいざ知らずお前の代弁とか 無理……」チャラ男のくせに目の前の男は度胸がなさそうだ。 「こうすればいいじゃないか。イタす前に了解取れば。 『いいのか?ってさ』 録音でもしとけば証拠になるだろ? それを聞けば彼女だってお前を責められないだろうし、ある意味合意 なんだからお前だって自責の念にかられることもないだろ? そのあとなら一度や二度断られてもアプローチしやすいだろ?」 「だけど一度パブで同席しただけの俺に一緒にその……部屋まで付いてきて くれるかな。自信ない」 「そこは大丈夫。部屋までは俺が連れてく。 そこのところで協力できるからこその俺の提案、この案はね」 「親しくないと言いながらそこは自信があるって……えっ? そういうこと?」 「はっ?」「彼女、お前とならアンモデーション《宿泊施設》に簡単に付いて来るって こと?」「う~ん、どうだろう簡単ではないかも。五分五分だな」 「ちょっ……ちょっと待ってくれ。 そういうことなら俺の出るまくねえじゃん」「いやいや、出てくれよ頼むよ、ぜひとも。俺、実は彼女から同じようなことされてさ、心臓止まりそうになったこと あるんだよ。だからお前の話聞いてリベンジしたくなったんだよなー。 俺もヤツ《奈羅》の心臓止めたいんだよっ。 そのせいで好きな彼女に失恋した」「恨んでるんだー」 「あーぁ、恨んでるね。 本当なら彼女Loveのお前じゃなくてどこぞの荒くれどもにその役を 任せたいくらい気分なんだよ」「あー、その役どうかどうか荒くれどもじゃなくて、俺に、この俺に してくだせー、綺羅々様」 今回のシナリオは前から考えていたわけじゃない。薔薇を失った絶望感が大き過ぎて、奈羅への復讐
86 あの日、どういうことで奈羅に付いて行ったのか? アンモデーション《宿泊施設》の同じ部屋で、まるで2人の間に何かあったかのような怪しい雰囲気の映像が無断で撮られ薔薇に送り付けられていたわけで、明らかに確信犯的犯行と思わざるを得ない。薔薇が地球上での生が終わるのを待ち、ようやく元の同じ場所同じ時間軸に連れ戻せると期待して次元と時空の狭間で待ち受け、そして望み通り薔薇を見つけることができたのに……行き違いがあったとはいえ金星でお互いが両片想いだったこともようやく確認し合えたというのに……なんと薔薇には自分との前世よりももっと遥か彼方より契りを交わしていた愛しき男がいたというではないか。探して追いかけて待って待ち続けた結果が、予想もしてなかった結果に綺羅々は男泣きをした。そして絶望に襲われた時、綺羅々の胸に憎悪とともに仄暗い感情が芽生えた。 ◇ ◇ ◇ ◇綺羅々は薔薇が金星からいなくなったしまった日から、地球上の時間軸で計るなら半年しか経っていないところへと戻った。バーの片隅で酒を飲んでいるところへ見知ったヤツ、稀良《ケラ》が隣に座った。久しぶりだな綺羅々。最近見かけなかったけど元気だった?……ってあんまり元気そうじゃないな。別の日にしたほうがいいかな。「いや、構わないさ。で、何?」「奈羅と少しくらい交流あったりする?」「あったらどうすんの?」「取り持ってもらえないかと思ってさ」腸煮えくりかえるほどの名前を耳にし、思わず綺羅々は平常心を失くすところだった。「で、いつから? 彼女と同じラボ《研究室》になって1年弱だろ」「いやさぁ、それがつい最近深夜に連れとパブに繰り出したらちょうど奈羅も友達と来ていて明け方まで相席して盛り上がったっていうか」「ふーん、それで?」「なんか、いいなぁ~って思ってさ。ただ何となく素面で誘うのって苦手なんだよな」「話が見えない……。俺に相談? 何の?」『交流あったりする?』の質問にあるともないとも答えられるはずもない綺羅々は、相手の意図するところを探ってみる。「あれから気になって、奈羅のこと」目の前のチャラ男はらしくない発言をする。目の下と首筋がほんのりと赤いじゃないか。本気なのか? それにしても奈羅の二文字を聞かされた俺はというと、吐き気がし
85「だけど、一緒には行けない。私ね、地球に産まれて永遠のパートナーがいることを知ったの。その人《夫》と長い長い気の遠くなるくらい長い時を経てまた巡り逢えて、その夫だった圭司さんが迎えに来ることになってるの。彼がね、今際の際『この世とあの世の狭間に行くことができたらそこで待っててほしい。必ず迎えに行くから』って言ったの。だから、私はここでずっと彼を待ってなきゃいけないの。綺羅々、私のことは忘れていい女性《ひと》見つけて」お互いの行き違いのあった気持ち、そして美鈴とは両片想いだったことの確認もできた。だけど、自分との出会いのあとで永遠のパートナーに出会ったという。このことが綺羅々にとっては、返す返すも悔しいことだった。綺羅々は思わず薔薇の腕を取り、再度自分の気持ちを伝えた。「僕との金星での一生を終えてからその人とまた再会すればいいんじゃない? その人はまた少しくらいなら待っててくれそうじゃない?」そう薔薇の気持ちに揺さぶりをかけてみるも彼女は首を縦に振らない。綺羅々が彼女のことを想い切れずに腕を放さないで佇んでいると……。1人の男《根本圭司》が薔薇の腕から綺羅々の手を振りほどくと「悪いね、彼女を俺に返して」と言い放ち、薔薇を抱きしめて言った。「待たせてごめん。心配したろ? 不安にさせてごめん」そうやって男は薔薇に謝りながら肩を抱き、綺羅々の前から立ち去った。自分だってどんなに薔薇を好きだっか。ずっと薔薇が人間としての一生を終えるのを待っていたのに。交際をして妻になってもらいたいと思っていたのに。こんな結末が待っていようとは……。思えば思うほどひたすらに奈羅のことが呪わしく、心の中で彼女への憎悪が膨らんでいくのを止められなかった。そして綺羅々は失意のうちに宇宙船に乗船し、金星へと戻って行くのだった。